コミュニケーションツールとしての言語
2006年 03月 04日
先日の英語レベルチェックについての
ブログへのコメントから(ありがとうございま~す!)
思ったことです。
私は言語習得の基本は
コミュニケーションだと思っています。
英語にしても
手話にしても
ASLにしても
コミュニケーションツールの一つな訳で
極端な事をいえば
言語が介在していなくても
人と人が
通じ合うことはできます。
言語学的にも
言葉そのものよりも
非言語的なものが(表情など)
コミュニケーション時には
重要な役割をしめるといわれています。
たとえば
「ありがとう」を
とても不快そうな表情で言ったとしたら
伝わりにくし、
「好き」だって
先月の緒方リナ氏の講演会でも
話しがでたように
表情だけで
どの程度に好きなのかを
表すことができる訳です。
実際、今、ヴァレリーとの会話を
振り返ると
私の場合、
ほとんどが「わかって~!」というオーラを
全身で発しながらの
会話です。
でも、それって本当はとても大切なの事ではないでしょうか。
昔、私が初めて
手話というものに
であった時もそうでした。
この人と話がしたい~!と切実に思ったのが
原点です。
そして、英語も同様に
もっともっと
分かり合いたいという気持ちがあって
それが学び続ける基なのかなと
思っています。
たらみぃ@ど~したんず さんが
「向上心のない奴は馬鹿だ」という格言を
引用して
“私は馬鹿で~す”とおっしゃっていましたが
英語でのコミュニケーションを楽しもうとしている
なんて
そこには、むしろ向上心が
存在している気がしています。
私も英語でのコミュニケーションを
もっともっと楽しめるように
なりたいなあ~
そして、
気がつけば、ペラペラ~なんて
うまい話はないでしょうが(笑)
まっ何時の日か
そんな日がくることを
夢見ていま~す。
ブログへのコメントから(ありがとうございま~す!)
思ったことです。
私は言語習得の基本は
コミュニケーションだと思っています。
英語にしても
手話にしても
ASLにしても
コミュニケーションツールの一つな訳で
極端な事をいえば
言語が介在していなくても
人と人が
通じ合うことはできます。
言語学的にも
言葉そのものよりも
非言語的なものが(表情など)
コミュニケーション時には
重要な役割をしめるといわれています。
たとえば
「ありがとう」を
とても不快そうな表情で言ったとしたら
伝わりにくし、
「好き」だって
先月の緒方リナ氏の講演会でも
話しがでたように
表情だけで
どの程度に好きなのかを
表すことができる訳です。
実際、今、ヴァレリーとの会話を
振り返ると
私の場合、
ほとんどが「わかって~!」というオーラを
全身で発しながらの
会話です。
でも、それって本当はとても大切なの事ではないでしょうか。
昔、私が初めて
手話というものに
であった時もそうでした。
この人と話がしたい~!と切実に思ったのが
原点です。
そして、英語も同様に
もっともっと
分かり合いたいという気持ちがあって
それが学び続ける基なのかなと
思っています。
たらみぃ@ど~したんず さんが
「向上心のない奴は馬鹿だ」という格言を
引用して
“私は馬鹿で~す”とおっしゃっていましたが
英語でのコミュニケーションを楽しもうとしている
なんて
そこには、むしろ向上心が
存在している気がしています。
私も英語でのコミュニケーションを
もっともっと楽しめるように
なりたいなあ~
そして、
気がつけば、ペラペラ~なんて
うまい話はないでしょうが(笑)
まっ何時の日か
そんな日がくることを
夢見ていま~す。
by MarumiHappy
| 2006-03-04 01:49
| 思ふ